秋田県湯沢市の秋の宮温泉郷「荒湯泉源」でも、かつては似たような「ブリコ石」(「鰯状珪石および噴泉塔」として国の天然記念物に指定されているが、噴泉塔は現在消滅)を産した。その形状が、秋田県名物の魚ハタハタ(榊)の卵(ブリコ)に似ていることから、名づけられたものである。博物学的視点で火山国であるわが国では、各地で高温の温泉が湧出し、そこではさまざまな自然としての温泉現象が見られる。温泉がつくる「石」の
秋田県湯沢市の秋の宮温泉郷「荒湯泉源」... の続きを読む
生殖との関係から、子宝のみにかぎらず良縁・豊作・商売繁盛や性病予防まで、民間のさまざまな祈願を受けとめる存在として信仰されてきた。まさに民間信仰ならではの神であり、温泉地にかぎらず男根を神体として祀る例は少なくない。もっとも、名称はかならずしも一定ではなく、東北地方などでは「金精(勢)様」と呼ぶこともあるが、全国的には「塞の神」または「道祖神」と称していることが多いようである。たとえば、長野県松本
子宝の湯について... の続きを読む
内戦によって公園の監視体制が緩み、兵士や難民が流入して野生動物を密猟したことが原因である。ゾウやゴリラは以前から保護動物であり、国立公園以外でも狩猟がかたく法律で禁じられていた。それが守られていたのは、土地を人々が自分の手で管理していたからである。ところが、一九七〇年に国立公園となって土地が国有化されると、人々は何の補償もなく公園から締め出されることになった。ゴリラツアーが人気となって多数の観光客
地元住民の保護地域に対する理解を深める必要がある... の続きを読む
富士山から日本を変えることを夢見てゴミ問題を初めて意識したのは、一九九七年にエヴェレストに初挑戦した時だった。事前に本やビデオでエヴェレストに関する情報を叩き込み、イメージトレーニングを重ねた上での挑戦だった。しかし、私が降り立ったエヴェレストはそれを大きく覆すものだった。ベースキャンプにゴミが散乱しており、しかもそのゴミは、日本語が書かれたものがとても多かった。「あなたたち日本人は、ヒマラヤをマ
富士山から日本を変える... の続きを読む
日常のことをちょっと横に置いて、ささやかながら旅行をして家族のコミュニケーションをとってみる。一週間とか一カ月前になにか話していたな、などとふと思い出すなど、とてもいい機会である。家族の皆が共同体となって団体行動をして旅行を成功させるのは、子供にとってもいい経験となる。母親が一日中子供の遊びに付き合えるような日程になるかもしれない。父親が旅行を取り仕切って、その経験からいろんな世界を家族に見せてく
家族旅行の理想を想ったときに... の続きを読む
世界遺産の不思議は、同一物件の世界遺産の中にも存在する。ルーマニアの北東部、モルドヴァ共和国の近くの地域は、隣接する国と同様、モルドヴァ地方と呼ばれる。ここに、外壁に極彩色のフレスコ画が描かれた聖堂が点在し、そのうちの七つが世界遺産に登録されている。ルーマニアを訪れたのは、二〇〇二年の夏であった。首都ブカレストから、黒海沿岸の保養地でローマ時代の遺跡が残るコンスタンツァ、ルーマニア唯一の自然遺産「
ルーマニア・モルドヴァの修道院群... の続きを読む
瀋陽からは北朝鮮国境に接する丹東に足を伸ばした。丹東は戦後の呼び名で、古代から一九六〇年までは安東と称した。これもガイドさんの話によれば「丹」は赤で共産党の色だから、そのように変えたのだという。それともかつての「契丹」の国のあった東側、という意味だろうか。いずれにせよ、丹東の駅前広場では巨大な赤茶色の毛沢東像が出迎えてくれた。鴨緑江に面したこの町の対岸は北朝鮮の新義州市である。幅広い川だが、目をこ
「丹東」の名前の由来とは... の続きを読む
神戸〜(ジャンボフェリーで約四時間・毎日運航)〜高松〜(四国フェリー、小豆島急行、小豆島国際フェリー、内海フェリーで一時間程度・毎日運航)〜土庄・池田・草壁大阪南港コスモフェリーターミナル八時出港〜(関西汽船季節便−二〇〇九年は五月二〜六・二三〜二四日、八月一〜二三日、一二月二九〜三一日、二〇一〇年一月一〜三日運航)〜一一時三〇分坂手到着神戸〜高松一八〇〇円〜/高松〜小豆島各港六七〇円大阪〜坂手三
季節便が運航している時期は大阪からダイレクトに行け... の続きを読む
宮殿や城郭などでは、時間を決めて、ガイドツアーによる見学方式をとっているところも多いが、私も決して語学の達人ではないので、英語ならまだしも、時間によっては、現地語によるツアーしかない場合もあり、そのときには、お手上げということも多い。それでも、個人旅行には、何にも代えがたい自由がある。公共交通機関を使えば、バスや列車で、地元の人と触れ合う機会も少なくないし、レンタカーを使えば、ピンポイントで観光地
ツアー、個人旅行のそれぞれの良いところ... の続きを読む
ポリネシア人の祖先は3500年くらい前にニューギニアの東部から、ここに流れ着いたと推定されている。その祖先はというと、どうもアジアにあるようで、ニューギニア、ポリネシアとカヌーで移り住んでいったようだ。アラスカで見たトーテムポールに刻まれた模様や、日本のアイヌの衣服に書かれた模様、ポリネシアの模様はみなどこか、似たものがあり、やはり環太平洋の文化圏が広がってきたのだと想像はつく。広い南太平洋を、小
祖先の長い歴史を感じさせてくれる... の続きを読む
鉄道旅行でどこに泊まるか、というのは重要なテーマだが、どんな旅をするか、その節約の度合いはどのくらいか、また日数によっても結論は異なってくる。極端な節約旅行はあまり経験がないが、かつて「ワイド周遊券」があった頃は、たとえば北海道や九州などのエリア内なら急行の自由席に何度でも乗れたので、夜行列車に乗れば宿代が浮く。これは当時の若者がよくやる節約術だった。これなら多少やったことがある。覚えているのは北
周遊券を最大限活用して宿泊費を浮かす... の続きを読む
今後どれだけ増えるのかが見通せないので、この答えを出すのは難しいのだが、とりあえず、これからも年間二〇件程度増加し、一〇〇〇件を上限とすると仮定してみよう。今、三〇歳でこれまでに五〇件の世界遺産に行ったことのある人が、今後毎年、何件ずつ足を運べば、一生かけて全部回れるだろうか。この人の寿命を八〇歳と仮定すると、残り九五〇件を残りの人生五〇年で回るわけだから、毎年平均でおよそ一九件を回る計算になる。
一生で回りきれるか?という命題... の続きを読む
800円のエアアジアに乗るためだけに日本から向かうほど、僕は航空運賃オタクでもなかった。いつかは乗ろうと思ってはいたが、機会はなかなか訪れなかった。その間に、LCCの航空網はしだいに広がっていった。タイを拠点にしたタイーエアアジアが運航を開始した。それに対抗するかのように、タイ国際航空はノックエアーというLCCの子会社をつくった。はたしてLCCの運営はうまくいくのだろうかという僕の不安を尻目に、ア
アジアもLCCの時代... の続きを読む
僕はクーポンタクシーのカウンターに出向いた。歩きながら、こんな夜なかに、クラーク空港まで行ってくれるんだろうか……という不安が脳裡をよぎった。「クラーク空港の近くの街まで行ってくれますか」と口にすると、「アンヘラスね」と黄色いジャンパーを羽織った、ぽっちゃり顔のフィリピン女性のスタッフが答えた。そして、まるで諳んじるかのように、2850ペソ、日本円にして5700円ほどの料金を口にし、クーポンに数字
アンヘラスまでへの道... の続きを読む
現役の地下鉄東西線にかかわる連絡理輪では、平日ダイヤの刺夕に限定的に運転されている東西線〜JR総武線間の直通電車(三鷹〜津田沼間、中野〜津田沼間などに設定)に乗ると、さらに金額が大きく異なってしまう問題をかかえている。子細はこうである。JR中央線の荻窪から東四線を経由してJR総武線の津田沼まで行く人がいるとしよう。この人が荻窪駅の自動券売機で東西線経由の連絡乗車券を買ったならば、中央線荻窪〜中野間
東西線〜総武線・直通電車の怪... の続きを読む
電鉄黒部の手前でJRと交差すると、「うなづき」は黒部川に沿うようにして内陸部に入ってゆく。浦山でかなりの客が降りてしまうと、ついに私の乗っていた車両は貸し切り状態となった。終点が近づくや、車掌は最後部から運転台に移っていった。車掌は若い女性であった。車内放送からドアの開閉、無人駅での切符の回収などをすべて一人でこなしていた。東武や名鉄、西鉄の特急にも女性の車掌はいるが、それらの特急とは異なり、派手
ホテルの温泉につかる... の続きを読む
二〇〇〇年四月から勤務先が変わったせいで、JR東海道本線や横須賀線に乗ることが多くなった。そこで初めて、横須賀線がすべてアルミ製の車両に入れ替わっていたことに気づいた。しかも十五両の編成のうち、グリーン車二両と東京寄りの三両を除く十両までが、ロングシートの電車である。オール二階建ての車両に置き換えたというならわかる。さすが横須賀線、二十一世紀の新しい鉄道の姿を率先して示したと称賛すらしただろう。だ
横須賀線は死んだ... の続きを読む
旅館に泊まって一番の楽しみが夕食なのだが、一番難渋するのもまた、この夕食である。ひと風呂浴びて部屋に戻ると、ずらりと夕食が並んでいることがある。テーブルからはみ出さんばかりに皿が溢れる。デザートのメロンまで既に並んでいて、幾ら蓋がしてあっても、煮物碗や茶碗蒸しは冷め始めている。手付きの鉄鍋には寄せ鍋の材料と出汁が入っていて、ブルーの固形燃料が入った小さなコンロの上に載っている。横に「チャツカマン」
すでに夕餉の膳がずらりと並べられている... の続きを読む
料理を出すペースも遠慮なく注文を付ければいい。じっくりと飲んで食べたいなら、ゆっくりめに頼む。尤も、最初から、前菜からデザートまで全ての料理が食卓に並んでいるような安宿では、自分で調節するしかないのだが……。だが、この場合とて、それなりのコツがある。食事の準備を進める仲居さんに、ご飯を装って貰わない、鍋の火を点けて貰わない、の二点。こうすることで仲居さんに、ゆっくり食べたい、ということをアピールす
仲居さんへのアピールについて... の続きを読む
カステル・デル・モンテというぽつんと離れた場所にある城郭が存在します。と言っても城郭の形をとった迎賓館であり、海外旅行客にもそれなりの人気があります。この城郭が立てられたアンドリアは防衛の要所と言うわけでもなく、メッカとシャルトルの直線上に立てられた建物です。十字軍の遠征が終わった後、当時イタリアを支配していたフリードリヒ2世が双方の宗教への理解を示すために建設し、多くの客をもてなしました。八角形
海外旅行で行く来客用の城... の続きを読む
高校卒業まで実家にいたため、毎年お盆には函館にある父方の実家にお墓参りへ行っていました。普段は連休が取れない父なので、いわゆる家族旅行というのはほとんどありませんでしたが、今思えばこのお墓参りがそれに当たるのかもしれません。ひいおばあちゃんの待つ家に向かうまでに必ず寄るラーメン屋さんがありました。父、母、祖父、祖母、弟、私で2つのテーブルに分かれて座り、各自好きなものを注文します。酢豚はどちらのテ
函館への家族旅行の思い出... の続きを読む
『エンパイアービルダー号』は、ミシガン湖畔に沿ってラストスパートをかける。やがて、水面の彼方に、あたかも蜃気楼のように立つ摩天楼が忽然と姿を見せはしめた。シカゴのダウンタウンである。『エンパイアービルダー号』は、8時15分、遅れを1時間55分に短縮し、シカゴーユニオン駅に到着した。それは、『キャピトールーリミテッド号』の発車予定時刻のI0分前のことであった。シカゴーユニオン駅は広大かつ壮大である。
ミシガン湖畔に沿ってラストスパート... の続きを読む
彼らは上海での仕入れの仕事を終え、嘉略関(3日目の夕方到着)の自宅へ帰る途上であること。そして、はなはだ失礼ながら、本物の夫婦であるとのことだった。でもそうならば、ご主人が気の毒になるほど、圧倒的かかあ天下の夫婦ということになる。たとえば座席の占有率。軟臥の座席は、夜ともなればベッドに早変わりするだけあって、長さは優に2メートルはある。大人3人が並んで座っても充分な広さがあるのだ。ところが奥様は、
圧倒的なかかあ天下... の続きを読む
少々面倒でも、円からいったんドルに換えて、ドルからまた現地通貨に換えた方が結局はトクなのである。それだけドルが世界的な通貨として広く受け入れられているということであり、またそれに比して円の実力はまだまだということになる。ニューヨークでも、ロンドンでも、世界中の金融市場で円相場が立つようになったのだから、日本経済の実力が認められるにつれてやがてこうした差別は改善されるようになるだろう。しかし、そうな
現地通貨にはドルから換えるのがトク... の続きを読む
温泉は生きている泉であるから、当然時間が経ったり、温度が変わると溶けている成分も変わってくるものである。このような現象を温泉の老化現象といっている。地下深く高温、高圧下にあった温泉が、はじめて地上に湧出すると、たちまちその圧力や温度は低下し、なかに溶けていたカルシウム、マグネシウム、鉄、硫黄などが沈殿し、炭酸ガス、硫化水素ガス、ラドントロン、酸素、ヘリウムなどのガスは空中へ逃げてしまう。その上、空
温泉の老化について... の続きを読む
含有される成分のうすい温泉なので、食塩泉のうすいものでも重曹泉のうすいものでも、単純温泉と呼んでいる。複数の源泉をもつ温泉地で、一つの源泉は単純温泉であり、他の源泉は単純食塩泉と名付けられても、実際にはほとんど同じような泉質であることがある。また反対に、単純温泉と名付けられた温泉が、すべて同じ組成であるとはいえない。単純温泉はその成分はまちまちであり、また医療的効果も違っている。単純温泉に含まれて
単純温泉の成分はまちまち... の続きを読む
会社の同僚と国内旅行に行きました、行き先は九州の温泉街。その温泉は硫黄が凄くて有名な場所。さぞかしお肌もつるつるになるんだろう、と期待を膨らませて出かけました。到着した温泉街は硫黄の匂いがとても凄くて、あちこちから湯煙が出ていて、これぞ温泉街!と思わせる雰囲気がたまりません。さっそく旅館に行きチェックイン。その旅館の方からの注意事項のなかで、「シルバーのアクセサリーは外して温泉に入ってください」と
国内旅行の温泉で硫黄パワー炸裂!... の続きを読む
ある頃から、ツーリングをするライダーがすごく増えましたが、たとえば函館に上陸すると、申し合わせたように大沼のキャンプ場にテントを張る人が多いようです。俺はいつも大沼のキャンプ場に林立するテントの群を内心、難民キャンプなどと嘲笑いながら、同じ大沼でも×公園キャンプ場に向かいます。ほとんどの人が知らないようですが、とある公園の中にテントを張れるんですよ。×公園の名前を明かさないのは、当然ながら意地悪で
秘密のキャンプ場について... の続きを読む
外見の懐かしさはともかく旅情を味わうには今ひとつの車両がキハ30だったが、クロスシートの車両で国鉄色に塗られた車両であるキハ20系が走っているローカル線もある。少し前までは、大糸線の南小谷と糸魚川間が有名だったか、車両の老朽化で引退して、新型車両に代わってしまった。東北地方で活躍したJR東日本の車両も相次いで引退し、最後は只見線などの臨時列車で走りおさめをして引退。残るのは、茨城県のひたちなか海浜
キハ20系が走るローカル線、ひたちなか海浜鉄道湊線... の続きを読む
日本の鉄道は、人に乗り換え・乗り継ぎをさせる達人・名人なのであった。それでは、鉄道の「乗り換え・乗り継ぎ」に係わる摩則不思議な世界へと旅立ちましょう。が、公道を歩いていく乗り換えであった。今でも、都営地下鉄(東京都交通局)の浅草線蔵前駅と同・大江戸線蔵前駅や、大江戸線本郷三丁目駅と東京地下鉄(東京メトロ)丸ノ内線の本郷三丁目駅が、この関係にあることを思い出す。地下鉄というのは、誠に不可解極まりのな
「乗り換え・乗り継ぎ」の文化... の続きを読む
ヨーロッパを代表する格安エアラインであるライアンエアの、広告をめぐる裁判は語りになっている。ライアンエアはドイツのフランクフルトに就航する際、混み合うフランクフルト空港を避け、市内から120キロも離れたバーン空港に乗り入れることにした。そしてこういう意味の広告を大々的に出した。〈ロンドン−フランクフルト・バーン空港就航〉運賃はルフトハンザドイツ航空より7割も安かったという。乗客はルフトハンザ航空か
裁判に発展した例もある... の続きを読む
全く車窓を楽しむことができないので、新大阪で買った「元祖たこむす」の箱を開いて食事を楽しむことにしよう。一緒にお茶を飲もうとペットボトルを取り出す。ボトルを窓際にでも置こうかと、あたりを見回すと、窓脇のアームレストに妙な仕掛けかしてある。手前に蓋を引くと、蓋は直角に立ち半かり奥から「輪っか」のようなものが現れる。それはアームレストの台座から数センチの高さに位置するようになっているので、「輪っか」の
アームレストに仕掛け... の続きを読む
岩見沢以北の函館本線は、札幌と旭間を結ぶ「スーパーカムイ」が三〇分間隔て走るのに対し、普通列車は日中、二時間ぐらい空く時間帯がある。なるほど、先ほどからすれ違う列車は、「スーパーカムイ」ばかりだ。英語とアイヌ語が合体した列車名というのも、なかなか珍しい。それにしても、踏切を横切る道路はみな、気持ちよいほどに一直線に遥か遠くまで続いている。そんなものまで持ってきたのか、と笑われるかもしれないが、持参
岩見沢以北の函館本線... の続きを読む